2017年10月18日

夕日が沈んでいく

あの日は二つに切り裂かれてしまった心の片側と格闘しながら過ごしました。でも、あの日はいつも以上に働いた。ただ、働くことしか出来なかったから。リコ。いまでは懐かしく、微笑みすら浮かべて思い出せる過去でも、あの当時は必死でした。本当に。「私が悪かったの?」、「でも、最大限のことはやってきたつもり」、「これは私の落ち度?それとも彼の心が小さかったから?」何度振り払っても、そんな「邪念」が湧いてきました。私はそれから逃げるようにして、彼と別れた(別れさせられた)翌日を働いて過ごしたのです。

リコ。それはちょうど、今くらいの季節でした。まだ私が会社員をしていて、この国で人口が一番多い街に住んでいたころの秋。街路樹は紅葉して、人間を置いてけぼりにするくらいに空は高かった。定時に上がったのに、もう日の暮れかかる時刻でした。コートを着込んで歩き出すと、さすがに泣けてきました。寒さを乗せた風と、ベージュに暮れかかる空が、私に告げるのです。「この空の下で、お前を気にかけてくれる者は一人もいない」。冷たい風が私の精神的な肉体を削り落としていくような気がしました。「この街で私がいてもいなくても、何の変わりもないことなんだ」。胸にぽっかり穴があいて、その穴を通り過ぎていく風は、私の傷口に痛みをもたらしました。私は変に笑って、「客観的」であろうとしました。「あいたた。さすがにこれは、痛いや。とっても悲しくて、とっても痛いや」。公園のベンチにすわって、立てた襟の中に顔をうずめました。私に明日なんてあるか知らない。あってもなくても、私には何同じだ・・・・・・。

その時でした。突風がふいてコートの裾をまきあげると、地面に落ちていた枯葉の数枚が、空に舞い上がりました。そこにはビルとビルの谷間に沈んでいく真っ赤な夕日。それはたなびいた雲を照らし、ビルのピカピカに磨かれた窓たちを照らし、私までをも照らしていました。それは今日の一日の終わりを告げるとともに、生き物たちの一日を、ねぎらっているように思えたのです。私は涙を流しました。

「そうか。どんな時でも陽は上るし、どんな時でも陽は沈んでいくんだ」。

これから夜が来て、また朝が来る。リコ。私は家族でいったキャンプを思い出していました。リコと二人で、薄の原っぱを歩いた記憶。それは夕焼け色に輝いていて、夕日を浴びた薄の穂たちは、雪の結晶のようにきらきらと輝いていましたっけ。「マコ、大きいねえ」。山の中に沈んでいく夕日を、姉妹はいつまでも眺めていましたね。耳に髪飾りの薄の穂をつけて。その日の夕食は、カレーライスとお母さんが焚き火で作ったパン。バターを塗って食べるとものすごく美味しかった。

みんな帰ってしまった公園のベンチで、様々な記憶が蘇ってきました。私はその日、夕食なのにトーストを焼いて、バターを塗って食べた後、ベッドに丸く眠りました。まるでテントの中のように、温かでやわらかなシュラフに包まれたように。

たぶんこれは、リコに初めてする話です。じゃあ、また。

マコ