2017年3月4日

ほんとうに美しいこと

リコ。春は近くまで来ています。お正月に家族で集まってするボードゲームみたいに、三歩進んでは一歩下がり、時には振り出しに戻り、だんだんと近づいてくるのです。

毎週決まった曜日にうちのカフェへ来てくれる、あるおばあさんの話は前にしましたね。本当はたぶん独り暮らしで、自分が世の中の流れの中に参加していることを確かめるために、カフェに来ているのかもしれない、とても親切でやさしいおばあさん。今日はそのおばあさんについての話をしましょう。

昨日、おばあさんはお店に来ていました。私は少し挨拶をして、まだ寒いですねえ、そうですねえ、なんて世間話をしていたんです。それからいつものように、おばあさんは窓辺の席でゆっっくりとカフェラテを飲んでいました。なんども目をぱちぱちさせて、風の中に含まれる春の粒子を追いかけているようです。

今日のお話はここからが大切なところです。おばあさんがお会計でレジに来たときです。おばあさんがお金を差し出したその手に、私は優しくて、円い感情を抱いたのです。その手は、おばあさんのその手は、あかぎれだらけ、手の皺の形に沿って、赤い肉がのぞいていました。ずいぶん痛いのを我慢して、水仕事や、もしかしたら畑仕事をしてきた手なのかも知れません。驚いたことに、私はその手を美しいと思ったのです。どんな環境の変化にも、変わることなく何かを貫いていく、大きくて、おおらかな意志の美しさです。そこには、何十年と生きてきた彼女の威厳と尊厳が映し出されているように思われたのです。私はあわてて、間の抜けた挨拶をしたあとも、おばあさんの背中を追っていました。ほんとうに上手に生きていると、ただそこにいるだけで、不思議な威厳と尊厳が備わってくるものなのかも知れません。私は将来、あのようなおばあさんになっていたいと、思っていたのです。

今日はここまで。じゃあ、またね。

マコ