2017年3月28日

稼ぎながら旅をしている

リコ。かなり温かくなってきました。春分が過ぎて、文字通り春が始まります。仕事が忙しくなって、一度にたくさんのお客さんが来たときなんか、なにか頭の中に光る液体が流れているように、意識がぼんやりとしてくるのです。それでも、負けるわけにはいきません。自分で選んだ道なのですから。

仕事が辛いとき(今の仕事に限っていえば、そう思うことはごく稀だというのは、なんて私は幸せものなんでしょう)、ある言葉を思い出します。それは最初に勤めていた会社で、ふつふつと燻っていた時に思い付いた言葉でした。私のはじめての就職はなかなか決まらず(この時点で、自分が今の経済システムに適応しにくい人間だったと気がついていてもよかったのかも知れません)、最後にやっと決まった会社は、よく分からない金属を輸入する会社でした。一日中オフィスに籠って仕事をしているのですが、その「よく分からない」金属が、誰をどのように喜ばしているのか、はたしてそれで誰かが幸せになっているのか、とんと検討がつかなかったのです。検討のつかない仕事をするのは、私には苦痛でした。なんとか三年、食らいついてみようと思いました。その、身体を半分会社に食べられてしまったような三年間は、私を強くする傷として、私の人生に少なからぬ痕跡を残したのです。

ストレスが溜まって、ふとコンビニによってスミノフなんか買って、飲みながら歩く。空を見上げると、珍しく満天の星空でした。そのとき、私は思い出したのです。はじめての海外旅行、しかも一人っきりの海外旅行。行き先はタイでした。賑やかな屋台の行列、道端に座り込む乞食、いつも手荷物に気をつけていないと済まないマーケット。そのどんな思い出のなかで一際鮮明に記憶されているのは、バイクの上から見たタイの星空でした。少し日本語の出きる女の子のガイドを雇って、私はマーケットや寺院を回りました。ちょっと早い夕食を彼女に奢ってあげて、私たちはあんまりはしゃぎ過ぎたのです。もう外は真っ暗で、帰るのが心配なくらいでした。ガイドの彼女は「だいじょうぶ」といって、近道するけどいいかと英語で聞いたのです。「オーケー、アイ、ドン、ケア」私がいうと、彼女は田んぼの中に走る道をバイクで疾走したのです。街の方からはずいぶん離れて、人家もない、街灯もない、光るものはバイクのヘッドライトだけでした。私は彼女に掴まったまま、空を仰ぎ見ました。風で髪がびゅうびゅう揺れました。その時見た星空は、まるで宇宙そのものの輝きのように、私の目前に迫ってきたのです。人間たちは光を発明した。その代わり、こんな大事なものを、失ってしまったのだ。私はそう、思ったのです。

そんなことを考えながらスミノフを飲んでいると、お酒が回ったのもあったのでしょう、「人生は旅なのだ」という考えを閃いたのです。そう、私はこの世界の可能性を見てみたくて、全てのものを初めて見るように見てみたい。あのとき見た、信じられないくらい美しかった夜空も、今日の夜空もこの街の夜景も。まるで旅人のように、新鮮な驚きをもってみていたい。そう思ったのです。なら、仕事をするのはそれを見るためだ。私は家もある、定職もあるけれど、身分は旅人、移動をしない旅人だ。移動はしないけれど、今日寝るところ、食べるもののために働かなければならない。だから私は「稼ぎながら旅をしている」。そう考えられたとき、少しだけ仕事が苦ではなくなったのです。与えられた24時間は、私の旅のためにある。その中で珍しいことにも出会うかも知れない。もちろん仕事中だって。そうして私は、社会人としての第一関門を突破したのです。

「稼ぎながら旅をしている」。今日はそれを思い出したので、手紙を書きました。それじゃあ。

マコ

2017年3月26日

見えないものを見るちから

リコ。春はずんずん行進してきます。家の隣にピンク色の桜みたいな花が咲いていたのですけど、隣のおばさんに聞けば、杏の花なんだそうです。はじめて見たんですよ。杏の花なんて。仕事の方は忙しい。春になって、花鳥風月みんな動き出す(風月はちょっと違いますね)、その中に人間という動物も含まれています。誰だって暖かくなれば、外に出たい気持ちを押さえられないんです。

今日の夜、星空を見ていたら、昔リコといったプラネタリウムのことを思い出しました。上映が始まる前、リクライニングのシートを倒して薄暗い天蓋を眺めます。あれは不思議なものですね。ここにいる私と、天蓋との距離が実際にどのくらいあるのか分からなくなってくる。私は屋内にいることを忘れて、これから宇宙そのものを見るんだっていう気になったんです。そして辺りが暗くなります。真ん中のロボットみたいな映写機が動き出します。そうすると不思議に、映写機が動いているようにも見えるけれど、視点を映写機に固定しているとプラネタリウムのスクリーンが回転を始めたようにも見えるのです。そのあとすぐ、星が写し出されます。すると私は、本当に星空の下をゆく船にいるように感じたのです。子どもの時は、目に映る様々なものがはじめてで、ものを見る「くせ」がついていないのです。もう今だったら、プラネタリウムは円形のドームの上へ映写機から投影される光の点を鑑賞するものだくらいにしか思うことは出来ないのです。それって、少し寂しい気がします。子どもは一のことを十に出来る。だから毎日が、毎日とは言わないまでも、数々の日々のなかで、一日を24時間以上のものに出来る。私は思うのです。この見えないものを見るちからがあれば、人はどんなところだって生きていけるって。私は今それを思い出そうと必死の毎日です。

じゃあ、またね。

マコより

2017年3月17日

『さきちゃんたちの夜』

リコ。梅が咲いていました。いよいよ春が始まるのです。リコはコノハナサクヤヒメを知っていますか?天皇の先祖にあたる(という話の)神様が天からこの国に降りてきた時、その神様は美しい娘に恋をする。そして二人は結ばれるのです。それがコノハナサクヤヒメ。この国の始まりが、つぼみの開くのに重ねられたようなこのお話に、私はなんだかじんわりと惹かれるものを感じるのです(このお話には、少し冗談めいたバッドエンドが待ってもいるのですが)。

カフェ・クッカの近くに温泉があるので、この頃のお客には卒業旅行なんかを目的にしたお客さんが多いようです。あるお客さんはバイクで九州を縦断して、この街まで来たと行っていました!また、ある人は静岡から京都と神戸をまわり、この街へ。旅というイメージが、私の中に強く印象づけられました。裾の長いコートに、皮のトランクを持って、電車で旅をする。旅は、全てを新しくします。つまり、私は移動しているただの物質になって、土地との関係も、今までの過去も、一度なかったことにする。その感じが、爽やかな風を部屋に取り入れるときのように、私にはとても心地良いのです。私が去年行った京都の旅を思い出します。その電車の中で、私が読んだ本。今日はその話をしましょう。それは、「自分だけの世界をもつということ」を実践した、ある女性のことを書いた本だったので。それはよしもとばななの『さきちゃんたちの夜』といって、少しずつ名前の違う6人の「さきちゃん」たちが登場する5つの短編集です。その中に出てくる「鬼っ子」という物語は、今思えばこんなことを考えるもとになった話なのかも知れません。そこには、「ある理由」から小さな鬼の偶像を何体と作り続けるおばあさんが出てきます。もうかなりの高齢なのに、誰も迎えず、誰にも会えず、ただやりたいことのために自分の全ての時間をつぎ込んでいく。それは鬼を作ること。何にも知らない人が見れば、少し気の変なおばあさんだと思われても仕方ありません。でも彼女は、孤独に耐えて、鬼を作り続ける。それが彼女の中に自分だけの世界を作っていたのです。彼女がなぜ「鬼を作っていたのか」は内緒ですけれど、私はいつか、こんな人になりたいと思いました。自分の出来る範囲の中で、それを見た人が「生きることは意味のあることだ」と思えるような何かを作り続ける。それだけが、自分を支える力になるし、もしかしたら、他の誰かを支える力になるかも知れない。私はそう考えます。

また読み返してみようかな。それじゃあ、また。

マコ

2017年3月15日

自分だけの世界をもつということ

リコ。春は一進一退。でも、晩方、6時なのにまだ明るい感じや、夕日に雲のかかる感じ(冬の雲は真っ黒い綿あめのかたまりのようで、春の雲はもっと軽やかなのです)から、春の兆しを感じます。もうじきすれば、各々の庭へ、原っぱへ、山々へ、順々に春はやってくるでしょう。

また私の強迫観念が出ました。生活を苦にして、自殺した人のニュースをやっていたのです。それは一人のおばあさんで、おじいさんに先に死なれ、少ない年金だけで生活していた。「寂しいので、これ以上の生活は続けたくない」と書いた紙と一緒に、おばあさんの死体が発見されたのは昨日のことでした。私は、やみくもに、自分がおばあさんの死に責任を負っているように感じました。この社会が、そういう人たちをキャッチし切れていない。それはこの社会の恥だと、そう思ったのです。

おばあさんを殺したのは、もちろん経済的な問題だけではなかったと思います。貧乏よりずっと高貴な清貧な生活というものだってあるのですから。問題は、その清貧な生活へ向かうだけの原動力をおばあさんが持てなかったということ。あるいは、生命力と言い換えてもいい。そうしたものを、おばあさんが持てなかったし、社会としておばあさんに与えられなかったということだと思います。

どんな困難にあっても、無前提に生命を信じる力。それが必要です。それは、自分だけの世界をもつことではないかと、今の私は思っています。前にも話したでしょ。私たちのカフェに、週に一度だけやって来て、ものすごく清潔に、きれいに着飾ってお茶をしにくるおばあさんのこと。彼女には彼女のポリシーがある。この世界の中で、一人で生きていくだけのルールと気品がある。そうしたものが、寂しいながらも、彼女を支えているのだと思います。また、何か特別に大好きなこと、植物を育てるとか、編み物をするとか、文章を書くことだとか。自分の働きによって世界が少しだけ変わるような、そんなものを持っている人は強いと思うのです。それで、この乾燥しきった世界の中に、小さな泉を持つことが出来る。苦しくなったときは、いつでもそこで喉を潤すことが出来る。たとえそれが、マッチ売りの少女が灯す明かりのように、か細くはかないものであったとしても、その重要性は少しも減じることがないと思うのです。もともと私たちの存在は、か細く、弱いものなのです。にもかかわらず、永遠を信じ、希望を捨てない存在が、私たちというものだからです。

私は真剣に、カフェを運営します。そこが誰かにとって、「自分だけの世界」になりうることを願って。

それでは、またね。

マコ

2017年3月12日

バニラの天蓋

リコ。今日はちょっと恐いことがありました。車を運転しながら、何の気なしに青信号だと思って車を走らせていたら、実は赤信号でとっさにブレーキを踏んだのです。そのとき神経が、妙な疲れ方をしていたのでしょう。ちょうど春休みも始まって、カフェが忙しくなるシーズンです。感情をそのままに表してはいけない仕事だけに、内側では相当疲れていたのかも知れません。私は命拾いしました。ときどき考えます。私たちは手に余る技術を持ち合わせている。赤を緑と間違えるというだけの簡単な過ちが、人殺しという罪になってしまう。手元のちょっとした狂いが、取り返しのつかない結果に結び付いてしまう。人間がそのくらい荷の重い技術を持ってしまったことを、今ではこの国のだれもが知っています。

今日はゆっくり休みましょう。少しぬるめのお風呂に入って、その間にバニラの香りのお香を炊いておく。お香のかおりは部屋中に広がって、一つの天蓋をつくる。私がお風呂からあがる頃には、バニラの天蓋が、私の眠りをやさしく包み込んでくれることでしょう。

ということで、今日はここまで。またね。

マコ

2017年3月8日

漂流郵便局

リコ。雪が積もってしまいました。ああ、私はなんていう大人になってしまったんでしょう。雪が積もってしまいました、だなんて。雪はさておいて、寒さがいけないのかも知れません。身体はもう、春の準備をしていたから。寒さの小さな兵隊達の奇襲作戦に、コートの裾際でみじめな敗戦を続けているのです。私の身体は撤退して、コートの中心まで縮こまってしまうのかも。

リコは漂流郵便局を知っていますか?瀬戸内の島にある本物の郵便局(通常の郵便業務はしていないのですけれど)。久保田沙耶さんという現代アーティストが始めたプロジェクトなのです。

どこに届ければいいのか分からないもの、こと、ひとへ、過去、今、未来のもの、こと、ひとへ、その郵便局へ手紙を出すことが出来るのです。手紙は郵便局留めになって、いつか、本当にその名宛人が現れたとき、はじめて<配達>されるのです。

これはなんて素敵なプロジェクトだろう!と、私は思いました。どこに届ければいいのか分からない思いが、誰にだってあるのです。漂流郵便局は、その思いを片方だけ背負い込む。そして、所在不明の名宛人の到来を、いつまででも待っている。

リコへの手紙だって、どこに届ければいいかも分からないこの気持ちを、文字に現してみるところから始まりました。その気持ちの発端は、漂流郵便局と同じでしょう。

人は、伝わらなくても伝えたい気持ちを、抑えることは出来ないのです。

マコ

2017年3月7日

生まれ出る若芽のように

リコ。冬がまたやって来ました。振り出しに戻る、です。朝から風が冷たかったけど、先ほどから雪が散らついてきました。今日はカフェ・クッカでの仕事はお休み。カフェ・クッカにお客として行って、暖かい場所で、ゆっくり過ごしましょうか。

好きな季節と言えば、初夏に続いて春先が好きです。この、だんだんと冬と春の分量が変わっていくことの面白さ。大地に隠れていたたくさんの植物が、いよいよエネルギーを外側へ発散する季節です。ふきのとうなんて、雪の中から芽を覗かせて、ずいぶん冷たそう。でも、こういう自然界のリズムも、人間界のリズムも、どこか共通したところがあるような気がしてなりません。

一年のうちで、芽生えの季節へ、自然界も身体も準備を整えていくという意味でもそうです。しかしもっと長いスパンで考えて、何かの覆いかぶさったような閉塞感の中から、変化という「春」を準備するという時にも、自然界と人間界では同じメカニズム、同じエネルギーが働いているように思えるのです。

南国のいつでもバナナが採れるような豊かな国とは違って、この国はいつだって「冬」めいているのです。本当は、世界中が「冬」めいている。人間や植物たちの上へ、何かの覆いかぶさったような重い閉塞感がある。でも私たちは、一日ずつ準備をするのです。新しい「春」に向けて、早送りの記録映像でなければそれと分からないくらいのスピードで、ゆっくり、絶え間なく準備は続くのです。だって、本当に大切なことは、目にも見えないし、時間がかかるんですもの。

リコ。あなたに追いつくことだって、「春」の一つなのです。

マコ

2017年3月6日

夜汽車

リコ。今日は珍しく、汽車の中から手紙を書きます。イベントがあってね、その手伝いにいっていたの。ちょうど読みたい本があったから(リルケの「神さまの話」という本なのです)、交通は汽車でした。イベントは大盛況で、出店者もお客も、各々がおのおのの役割をしっかり楽しんで、なにか、ひとつの村が生まれたような感じでした。

帰りはずっと眠るつもりが、妙に目が冴え、暗闇に投げ込まれていく景色ばかり見ていました。今日という日を楽しんだ人が、世界に何人いただろう。私はそのように考えてしまいます。私はただの私じゃなくて、地球の上に立った私。だから、世界の全ての人と繋がっている。私はそのように考えるのです。例えば今日、砂漠の中の一国で、どれくらいの銃弾が飛び交ったろう。あるいは、運転手のただの誤作動のために、どれくらいの人が牽き殺されただろう。私はそう考えるのです。これはひとつの、強迫観念なのかも知れません。

この強迫観念は、私が中学校くらいの時から私の中で育っていきました。学校で貧困のことを習う。あるいはニュースで悲惨な事件が報道される。本当は私たちはそれを悼み続けるか、忘れるかの二択しかない。都合よく同情しながら、その必要がないときには都合よく忘れる。そういう最も卑しい態度は選択肢としてはありえない。そう思ったのです。そうして私には究極の二択が残されました。一つは、外側の出来事はすべて忘れて、自分だけの自由を楽しむか。だって、人間はそんなに世界のことを考えるために作られてはいないんだもの。もう一つは、まるで修道僧のように世界のために涙して、祈りを抱き続けること。そのどちらもが私には大変難しく思えました。私はそんなに軽々しくもなければ、誠実でもない。一先ず、自分のことだけじゃなくて、私は世界と繋がっていることを感じながら生きてみよう。私は思春期を通じてそんなことを考えていたために、それは一つの強迫観念になってしまったのです。私が世界とどう向き合うことが出来るのか、考え続けて10年になるのです。

世界は暗闇でした。それはあたかも、夜汽車から見える景色のようです。その中で、人間に出来ることとしなければならないことは、あの、ときどき浮かんでは過ぎていく街灯のように、自分の周りを少しだけ照らすということなんじゃないかと思うのです。それが10年の結論です。おそらく、いえ、たしかに、人間は世界のために胸を傷めるようには出来ていない。むしろ食べて、恋をして、生むために出来ている。だけどメディアのお陰で世界の全貌が明らかになった私たちにとって、恋も食べ物も覚束ない人たちを脇に置いて騒いでいるのは、胸の寒々しくなるような行いなのです。かといって私たちは、世界に責任をもつように作られている訳でもない。ただ出来ることは、夜汽車から見える街灯みたいに、身の周りを照らすこと。それとも夜空の金星みたいに、暗闇の中に輝く一点の光であること。

その明るさを、絶えず押し広げていくことが、私にとって生きるということなのではないかと思うのです。それは一杯のコーヒーから始まります。一つの幸せを、毎日誰かにプレゼントし続ける。それが私のなかで、一番しっくり来るやり方です。

長くなりました。今日はこの辺で。またね。

マコ

2017年3月4日

ほんとうに美しいこと

リコ。春は近くまで来ています。お正月に家族で集まってするボードゲームみたいに、三歩進んでは一歩下がり、時には振り出しに戻り、だんだんと近づいてくるのです。

毎週決まった曜日にうちのカフェへ来てくれる、あるおばあさんの話は前にしましたね。本当はたぶん独り暮らしで、自分が世の中の流れの中に参加していることを確かめるために、カフェに来ているのかもしれない、とても親切でやさしいおばあさん。今日はそのおばあさんについての話をしましょう。

昨日、おばあさんはお店に来ていました。私は少し挨拶をして、まだ寒いですねえ、そうですねえ、なんて世間話をしていたんです。それからいつものように、おばあさんは窓辺の席でゆっっくりとカフェラテを飲んでいました。なんども目をぱちぱちさせて、風の中に含まれる春の粒子を追いかけているようです。

今日のお話はここからが大切なところです。おばあさんがお会計でレジに来たときです。おばあさんがお金を差し出したその手に、私は優しくて、円い感情を抱いたのです。その手は、おばあさんのその手は、あかぎれだらけ、手の皺の形に沿って、赤い肉がのぞいていました。ずいぶん痛いのを我慢して、水仕事や、もしかしたら畑仕事をしてきた手なのかも知れません。驚いたことに、私はその手を美しいと思ったのです。どんな環境の変化にも、変わることなく何かを貫いていく、大きくて、おおらかな意志の美しさです。そこには、何十年と生きてきた彼女の威厳と尊厳が映し出されているように思われたのです。私はあわてて、間の抜けた挨拶をしたあとも、おばあさんの背中を追っていました。ほんとうに上手に生きていると、ただそこにいるだけで、不思議な威厳と尊厳が備わってくるものなのかも知れません。私は将来、あのようなおばあさんになっていたいと、思っていたのです。

今日はここまで。じゃあ、またね。

マコ

2017年3月1日

エメラルド色のスープ

リコ。みんなが夕飯を食べる時間に、外はまだ明るいままのような季節になりました。もうすぐ春が来て、私は新メニューを出します。この、ひとつずつ、春の証拠が現れ始めてくる「春待ち」の季節には、なんとも言えない楽しみがあります。

私の今のうちのそばにも、川が流れています(本当に、この街は川ばっかり)。それは四十間堀川(しじゅっけんほりかわ)と言って、お城を守るお堀の一種だったようなのです。日曜日なんか、ぶらぶらと散歩をしていると、四十間堀の上をいくらかの鴨が泳いでいます。何をしているんでしょう。口ばしを水の中につけて、何かをつっつくようにしながら泳いでいるのです。そういうことをするための時間なのか、そこにいる三羽、四羽の鴨たちが、みんなそうして、水中をつつきながら泳いでいて、なんだか可笑しかったのを覚えています。

あるいは夜が更けた時のお堀。スーパーへ買い物へ行って、ふと、小さな旅をしてみようと思い立ちます。私は家の反対方向のお堀へ歩いていって、橋のちょうど真ん中に立ってみるのです。四十間は相当な距離で、私はボートか、宙に浮いているような気持ちになります。その水面に、月が一つ。波は一切立っていないのです。鴨たちの水かきが、水中で動く音が聞こえてくるような気がしました。この大きな水たまりはなんだろう。私はそう思います。まるで、天に住む女神が、銀の小さじで流し込んだ、エメラルド色のスープのよう。

私はそのとき、思い出しました。体育館の演台に上ったあるおばあちゃんの言葉。ずっと農業をしていて、75歳の時に詩人としてデビューした人。私たちが勉強した小学校の大先輩だという理由で、講演会に来てくれたのです。

ーみなさんはこれからいろんな経験をして、嬉しいことも、嫌なこともあるでしょう。考えなくちゃならないことがたくさんあって、頭がごちゃごちゃしてくるかも知れません。でも、そんな時には思い出してください。宝石はいつも、あなたの手の中にあるということ。

このエメラルドを、どれくらいの人が見ているでしょう。出来るだけたくさんの人と、その美しさを分かち合いたい。私はそう思ったのですよ。

それでは、また。

マコ