リコ。雨が降ってくれて、街を覆っていた雪は排水溝へ流されていきました。もとのとおりの乾燥した空。青色が空の天井の方へずうっと遠ざかっていったような、明るさのない青。雲は高く、大陸方面からの冷たい風を運んで来ます。
今日はひとりのおばあさんの話をしましょう。その人はカフェ・クッカの常連さんで、毎週決まった曜日に一度だけ一人で来店されては窓際の暖かい席で二時間くらいゆっくりしていかれるのです。笑顔のかわいいおばあさんで、私が運んだコーヒーを受けとるときも、店を出るときも、本当にニコニコして、どうもね、どうもね、ありがとう、と言ってくれるのです。それが嫌みがなくて、こんな自分に親切にしてくれる人があるなんて、ありがたいことなんだ、っていう感じで、本当に感謝してくださるのです。腰は曲がっているんだけど、紫のスカートにワイン色のカーディガンとブローチをつけて、髪は清潔に後ろでまとめて、目一杯のおしゃれをして来てくれるのです。そうしていつも、ミルクコーヒー(「そのまま飲むと、お腹がいたくなっちゃうから」とおばあさんは言いました)を頼んで、窓辺の肘掛け椅子へ座ります。両手でカップを包み、静かにコーヒーをすすっては窓の外を眺めます。外を眺めている間は、カップをお腹の方へくっつけて、手とお腹が暖まるようにしているのです。おばあさんは天気がよくて気持ちのいい日は、うつらうつら寝てしまうこともあります。そんなとき、トモコさんは何もせずに、おばあさんを静かに見守っているのです。
いつか私とトモコさんの間で、そのおばあさんのことを話してみたことがあります。閉店準備の時間で、お客さんはだれもいませんでした。
ーねえ、マコちゃん。そうなんじゃないかなあってずっと思ってたんだけどね、今日来てくれたあのおばあさんいるでしょ?あのおばあさん、一人暮らしなんじゃないかなあ。
ー一人暮らし?
ーそう。だから時々一人で部屋にいることが堪らなくなるって分かってるから、ああやってキチンとおしゃれして、外へ出ることにしてる。なんだか今日のおばあさんを見てて、そんなこと考えちゃった。
トモコさんは洗ったグラスを拭き始めました。
そうかも知れない。あのおばあさんは一人、がらんとした部屋に住んでいる。あんまりお金を使いすぎたらいけないから、週に一回だけ、カフェに来る。私はおばあさんが目をしばたいて、窓の外を眺める姿を思い出していました。なるべく長くカフェにいて、自分が誰かの視界に入る時間を長くしようとする。誰にも見られなきゃ、生きていないのとおんなじだから。そういう孤独な気持ちと、人生を楽しもうとする気持ちの、二つの気持ちに折り合いをつけるように、おばあさんは週に一度のアフタヌーンティーを楽しんでいるのかもしれない。もしもそのために、私たちのカフェを選んでくれたとしたのなら、それは仕事人の冥利に尽きることです。
今度おばあさんが来たら、少しだけ観察してみよう。迷惑でなければ声をかけてみよう。おばあさんは一人で生きていくことの大先輩であり、プロなのだから。
今日はこんな感じ。また書くね。
マコ