2017年10月17日

私は水源のように

リコ。

今朝の朝もや。風に揺られるコスモス。開店の準備は、プランターへの水やりから始まります。窓の外に据え付けられたプランターからプランターへ、ジョーロで水をやっていきます。窓の下にはご近所の方が歩いていて「おはようございます」なんてあいさつして。

カフェに勤めていなければ、園芸店に勤めていたかも知れない。花の根っこに水をやるとき、腕に抱えたジョーロの水と一緒に、私の中の良心的な部分が注がれていく。その時間には、私は悪いことも嫌なことも考えず、ただ命の喜びを運ぶ人となる。このようにして、世界は少しずつ美しくなっていく。各々が各々のやり方で、各自の良心的な部分を世の中へ流していく。私は水源のように、この世界を愛で満たしたい。

今日はそんなことを考えました。

マコ

2017年10月13日

城門と石蕗(つわぶき)

リコ。先日の水曜日は、天空を天使たちが飛び回っているような、晴れ晴れとした秋の空でした。風が天使の歌となって、街の人々の心を愉しませているような一日だったのです。

私は自転車でお堀に沿って走ったあと、お城の敷地にある喫茶室へ向かいました。その喫茶室は、明治に建てられた建造物を使っていると聞いて、前から行きたいと思っていたのです。喫茶室へ向かうのには、お城の大手門(正門とも言えましょう)ではなく、搦め手(後の門)とも言えそうな幅の狭い城門をくぐらなくてはなりません。紅葉のきれいな橋でお堀を越えると、落葉樹林に傘をしてもらった石畳の階段が続きます。歩いていくうち、樹林は高く高く空にのびて、木々の間から透けるような空が、ちら、ちら、と姿を見せていました。この辺りまでくると、空気まで違ってきて、私は鼻から静かに、胸いっぱいにいい空気を吸いました。それはダイヤモンドのもやのように爽やかに、清涼剤のように涼やかに、私の体を巡っていきました。

やがて黒松が斜にのびて、搦め手の城門があらわれます。これは珍しい造りのために、重要文化財として、後世まで遺されることが決まった遺構でした。私はその黒々とした石垣のあいだに、茎の長い、黄色い花がちら、ちら、と揺れているのに気がつきました。そうか、石蕗(つわぶき)の花が。私は思いました。赤ちゃんの両手のようにまるい、つわぶきの緑の葉っぱに、茎がすっと伸びて黄色い花が風に揺られているのです。私が石蕗の花を眺めているあいだ、何人かの人が城門をくぐっては、石蕗の花を愛でていきました。城門と石蕗。あるいは、永遠と一日。一日あるいは数日しか持たないはずの石蕗の花は、たくさんの人々の心を楽しませるのです。なぜ、私たちは時に、永遠よりも一日をいとおしく思うのでしょう。なぜ、私たちは時に、堅固な構造物よりも、か弱い存在をいつくしむのでしょう。それはおそらく、喜びが実際には一瞬、一瞬の産物であって、私たちが永遠や堅固さを崇めるとき、それは一瞬一瞬の恍惚が、たまたま持続的に続いているだけのことだからなのかも知れません。その持続が本来の最小単位である一瞬の喜びに還るとき、人は石蕗を見て小さな夢を見たりするのかも知れませんね。

マコ

2017年10月7日

清涼なる大樹のあらんことを

リコ。水曜日は湖岸の散歩へ出かけました。湖岸から広がる原っぱには、萩、コスモス、ときどき藤袴。秋の花たちがやってきました。低く垂れこめた曇天と地平の間を、夕日が金色に染めていました。

リコ。私たちはなんで生きているのでしょう。毎日このようにして命が削られていく。すなわち死に近づいていく。だから私たちは、その日が来るまでに、自分が生きた価値を探さなくてはならない。そうでなくても、あの夕焼けの向こうで、世界のどこかの街で、誰かの命が「終わらされている」。それは明白な事実です。その明白な事実を、いつしか感じ取れないように頭を鈍らせ、忘れてしまう。それが大人になる過程の一部であるとしたら、少し悲しくないでしょうか。私は夕日が紫色の雲の中に沈んで、地平線の下に隠れるまで、いつまでもじっと見送っていました。

その時でした。私は夕日に照らされている山々を見たのです。西側からの光をうけて、尾根の西側は黄金色に照り輝いていました。その分、尾根の反対側はくっきりとした黒で縁取られます。脈々と波打つ、山々の連続。それは何億年まえに生を受けた、大地から生まれた生命のように見えました。その脇を、金色に染まった雲が、大きな白鳥のように広がりながら飛んで、霞んでいきます。夕日がつくった今日の最後の見ものでした。

私たちの生は謎に満ちている。死ななければならないのに生まれるという謎。しかし、この世界にいるからこそ、時々夢のような光景にであうことが出来る。それもまた、一つの生きる理由になるのではないかと思われたのです。願わくは、この世に清涼なる大樹のあらんことを。その下に集まる人びとが、この苛烈な日照りの中で、一時の安らぎを得られるような。大昔の僧侶のいった言葉です。

マコ

2017年10月3日

竹林と私

リコ。真暗い夜空に虫の声が漂うようになり、この国も、いよいよ秋という感じです。リコは秋が好きでしたね。「あの、生命のすべてが終わっていく感じ。人間、誰しも一度は死に向かわなくてはならないということを、しみじみと教えてくれる秋。マコ、そう思わない?」振り向いたリコの背景には、眩しいくらい色とりどりの紅葉。私には、決して忘れることの出来ない光景です。

この間の水曜日、お母さんと月光寺に行ったのですよ。それこそ秋の風景の映えるお寺です。そのとき、私は頭が重たくて地面に垂れ下がるほどに疲れていたのです。それというのも、その前の週末、トモコさんはイベントで別会場へ出張で、私は一人で仕事場を回さなければならなかったのです。実際にやってみて分かったのですが、カフェに勤めるということと、カフェを経営するということの間には、信じられないくらい大きな距離があるのです。その一日、私が提供する商品やサービスに何か不完全な箇所があれば、それは一重に私の責任なのです。トモコさんは毎日そんな緊張感を背負ってカウンターに立っている。それを知ったことは、私にとって大きな学びだったと言わなくてはなりません。というわけで、私は神経を消耗していたのです。

勘のいいお母さんは、そんな私を月光寺に誘ってくれました。あそこには、たしかリコとも行ったことがあったと思いますが、庭を見ながらお茶をいただけるスペースがあるのです。この街の城主のおかかえ庭師が設計した庭。真ん中に池があって、右手に松と紅葉がせり出すように池にかかっている。毛氈(もうせん)の上にすっと背筋を立てて座り、お茶を頂くと、気分がすっきりし静かな深呼吸ができるような気がします。昔の禅僧はこうして瞑想へ向かう準備を整えたのでしょうか。しかし私も神経過敏なものです。お母さんが用意してくれたこの舞台だけでは十分にリラックスすることが出来ず、さらにお寺の森を散歩してみることにしたのです。お母さんはもう少し庭を見ていたいと言いました。そこで私は一人、散歩へ繰り出したのです。

お寺の裏手は右手が上り坂の斜面になっていて、檜がずっと植わっていました。反対側の左手は、平坦な土地の上に竹林が広がっていました。私は竹林へ歩きました。そして竹林の中に入ると、空を見上げてみます。竹の葉擦れのする中に、ダイヤモンドの形に区切った光がちらつく。それは竹のすべすべした表面に反射して、森の中をエメラルドの光で満たしていたのです。私は太くて丈夫な竹に、身を持たせかけました。ハシっと枝の擦れる音がして静かなささめきが響きました。私の意識は、だんだん鮮明に、透明になっていくような気がしました。竹林と私。竹は大気中の酸素で、静かに呼吸している。でも酸素をもとめて上へ伸びる前に、まずは根をしっかり張らなくてはならない。安定した根の上にこそ、安定した幹が伸びていける。そうだ。私は竹林の中で、大きくうなずきました。

マコ

2017年10月2日

30分以内と49時間以上

リコ。あれから色々と調べてみました。最悪の事態、すなわちこの国が核攻撃されることを想定して、どのように身を守ればいいのかを調べていたのです。次に私なりの覚書きを書いておきましょう。これが、何の役にも立たないことを願って。それにしても、最悪の事態を前に、最善の手を尽くしておくことは無駄ではないと思うのです。願わくは、この国の一人ひとりが、自分のため、家族のために正しい知識を学びとりますように。

・近くで爆発があった場合、最初の一瞬を生きられるかどうかは、もう運にかかっているとして、そこで生き残ってからの話をしましょう。

・被災者は、30分以内に屋内(できればコンクリート造りで、地下室ならなお良し)に避難しなければならない。爆発後30分から数時間にかけて、最も放射線の多い灰が降る。

・それから、出来れば49時間以上、避難を続けなければならない。そのあいだの食料は、もちろん外気に晒されていないものにして。放射能は7時間で10分の1になる。だから、49時間経てば100分の1になる。

・爆心地から何百キロも離れた地域ですら、放射性物質は飛んでくる。だから、放射能が100分の1になる49時間を屋内(できればコンクリート造りで、地下室ならなお良し)で過ごすか、爆心地からの風がこない安全な地域へ逃げるか、その時の状況に応じて判断しなければならない。

・私はN99規格のマスクを買って、お母さんにもあげました。また、安定ヨウ素も買いました。成人で一回100mgから130mg(ヨウ化カリウム換算)が推奨される摂取量のようです。ヨウ素剤には、そのほか、妊婦さんのこと、ほかの薬との飲み合わせもあるので、ケースに応じて要確認です。

きっと、またね。

マコ

2017年9月18日

今なすべきこと

リコ。今日は悲しい手紙を書かなくてはなりません。

北の国が、またミサイルを打ちました。雨なら、よかったのに。いつか降るかも知れないのは、高熱の雨。

私たちの国、そして同盟国と言われている国は、この事態をどこまで深く、知っているのでしょうか。本当は相手の出方を全部分かっていて、最近の出来事は全て茶番、非常な事態になることはないと分かっていて、ただ泳がせているだけ。そうならいいんですけれど。

でも全てが計算済みなのか、本当のことは誰も知らないのか、それが分からない。少なくとも私には分かりません。私は最も過敏に案ずる者として、最も早く憂う者として、行動しなければなりません。

リコ。私は戦争の準備を始めます。それは銃をとることではありません。絶望的な事態を予め想定して、そのための「逃げ道」を今から探しておくということです。私は逃げます。この世界に張られた数知れぬ包囲網から、わずかな空間のポケットへ。古い帝国で弾圧された「邪教徒」たちが、隠れこんだ地下の洞窟のように、静かに私の生活を、営める場所へ。

きっと、またね。

マコ

2017年9月12日

華々しすぎるもの

リコ。私の目に一葉の写真、ちょうど色あせた写真のように、なつかしい光景が思い浮かびます。そこは白と桃色の花の咲く花畑。私より大きなリコも、花に埋もれてどこにいるか分からないほどの花の雲。高原の中腹の中に、夢を見つつ眠る雲のようでした。

その中に一つ、他の花よりたくさん花のついているものを私は見つけました。そのころ、いたずらざかりだった私は、珍しいその花を引っこ抜いてしまったのです。お父さんにも、お母さんにも見つからず、抜き取った花をもった私は、花の森の中にいました。そして気がついたのです。その花の花のところばかりが大きくて、茎も葉も弱々しければ、根っこも小さくちぢかまっていたということを。

人間も同じ。頭だけが大きくて、体にも心にも、栄養が生きわたってない人。華々しい成績を上げるために、足元の、自分の立っている地面がどんな様子かを知らない人々。

珈琲は、目的への意識を断ち切り、今、この場所を堪能するように私たちを誘う。この社会には、そのようなものが必要なのです。

マコ