リコ。私の目に一葉の写真、ちょうど色あせた写真のように、なつかしい光景が思い浮かびます。そこは白と桃色の花の咲く花畑。私より大きなリコも、花に埋もれてどこにいるか分からないほどの花の雲。高原の中腹の中に、夢を見つつ眠る雲のようでした。
その中に一つ、他の花よりたくさん花のついているものを私は見つけました。そのころ、いたずらざかりだった私は、珍しいその花を引っこ抜いてしまったのです。お父さんにも、お母さんにも見つからず、抜き取った花をもった私は、花の森の中にいました。そして気がついたのです。その花の花のところばかりが大きくて、茎も葉も弱々しければ、根っこも小さくちぢかまっていたということを。
人間も同じ。頭だけが大きくて、体にも心にも、栄養が生きわたってない人。華々しい成績を上げるために、足元の、自分の立っている地面がどんな様子かを知らない人々。
珈琲は、目的への意識を断ち切り、今、この場所を堪能するように私たちを誘う。この社会には、そのようなものが必要なのです。
マコ